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長崎地方裁判所 昭和58年(ワ)235号 判決

原告

岸川国男

右訴訟代理人弁護士

福崎博孝

塩塚節夫

被告

京王商事株式会社

右代表者代表取締役

山口博文

右訴訟代理人弁護士

加藤達夫

羽田野節夫

右訴訟復代理人弁護士

水上正博

主文

一  被告は原告に対し、金三九二万円及びこれに対する昭和五八年七月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金五六〇万円及びこれに対する昭和五八年七月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、昭和五二年六月二〇日に設立された関門商品取引所における商品先物取引仲介業等を行う株式会社である。

(二) 原告は、昭和一五年ころから日本国有鉄道に勤務し、同五六年四月一日に定年退職した者であり、これまでに商品先物取引は勿論のこと株式投資の経験も全くない。

2  被告への金員の預託

原告は、昭和五七年一月二二日、被告との間で関門商品取引所における精糖に関する商品先物取引契約(以下「本件先物契約」という。)を締結し、被告に対し、同月二五日一八〇万円、同年二月二二日一八〇万円、同年四月一六日二〇〇万円の合計五六〇万円を証拠金として預託した。

3  被告の不法行為

(一) 詐欺行為

(1) 被告営業担当社員小野公三及び同川崎浩は、昭和五七年一月一〇日ころから本件先物取引契約締結に至る同月二二日ころまでの間、原告宅に架電し、あるいは原告宅を訪問して関門商品取引所における商品先物取引を勧誘し、こもごも「とにかく砂糖に投資すれば間違いなく儲かります。」「株は難しくて儲かるかどうか分かりませんが、砂糖は一月から五月にかけては必ず値上がりします。節句などでは砂糖は必要になり、値上がりするのは間違いないので必ず儲かります。」「とにかく私達を信用して下さい。」などと精糖の商品先物取引があたかも安全確実な利殖の手段であり、かつ、精糖があたかも必ず値上がりするかのような虚偽の事実を申し向け、その旨誤信させて、原告から同月二五日関門精糖三〇枚分の証拠金名下に一八〇万円の交付を受けた。

(2) 小野は、昭和五七年二月一九日ころ、原告宅を訪問して、原告に対し「精糖の値が下がつている。このままだと欠損になつて追証を入れてもらわなければならない。そうならないように買建玉と同数の売建玉をして下さい。両建をして下さい。両建をすれば損はしません。」「あと一八〇万円あれば、絶対に損はさせません。」「糖価安定法という法律で、精糖の価格は、上限価格と下限価格が決められており、下限価格は二二二・八七円だから、これ以下には絶対に下がりません。これからは絶対に儲かります。」などと虚偽の事実を申し向け、その旨誤信させ、原告から同月二二日関門精糖三〇枚分の証拠金名下に一八〇万円の交付を受けた。

(3) 小野は、同年四月一五日ころ、原告宅に架電し、原告に対し、「値が下がつて欠損が出ている。現状を維持するためにはあと二〇〇万円が必要です。」「これまでの全部の損を取り戻せるかどうかわからないが、二〇〇万円入れてもらえれば大部分は取り戻せる。」などと虚偽の事実を申し向け、これまでの想像だにしなかつた欠損で精神的混乱をきたしていた原告にその旨誤信させ、原告から同月一六日二〇〇万円の交付を受けた。

(4) ところで、商品先物取引は、通常の売買と異なり、わずかな証拠金で大量の品物を帳簿上売買し、将来の値動きを予測してその値動きによる差金決済によつて損益が生ずるものであり、損益の予見が難しいうえに客が預託した保証金(証拠金)の元金は保障されないのみでなく、損金が拡大した場合には追加証拠金(いわゆる追証)を預託する必要がある等、投機性が高いものであるから、一般の大衆に対し、商品先物取引を勧誘するに際しては、このように非常に危険性の高いものであることを説明する義務があるというべきである。

しかるに、被告は、商品先物取引に全く未経験でその知識もない原告に対し、関門商品取引所における取引が安全確実な利殖であるかのような嘘を言い、その旨原告を誤信させ、証拠金名下に現金合計五六〇万円を詐取したものである。

被告は、原告をはじめとする一般の人々が商品先物取引に無知で未経験であることに乗じ、あたかも安全確実な利殖であるかのように欺き、更に、その後は「案に相違して損が出たので、その損害を回復するため」という口実で更に委託保証金名下に金員を提供させ、最終的には「莫大な損害が発生した」との名目で、預託を受けた金員を騙取することを業とするものであつて、被告は、原告に対して組織体としての企業活動において不法行為をなしたものであるから、民法七〇九条により、その生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。

(5) 仮にそうでないとしても、小野及び川崎は、被告の従業員であり、同人らは、被告の事業の執行について原告に損害を被らせたものであるから、民法七一五条により、被告は原告に対して、その生じた損害を使用者として賠償する責任を負うというべきである。

(二) 取締法規等違反

被告ないし被告の使用人である小野及び川崎の行為は、前項で指摘した以外にも、以下に述べる取締法規等に違反しているから、不法行為に当る。

(1) 委託不適格者の勧誘

商品先物取引に参加する委託者として予定された者とは、商品の需給関係、政治・経済の動向等市場価格形成の要因の把握を可能とする高度の知識と経験を有し、自主的判断をもつて投機行為に参加しうる者である。しかも、数ある商品のなかで、精糖の値動きは、広汎な価格要因に左右され、他の商品に比しても値動きの激しいものであつて、そのための特別立法(糖価安定法等)さえも存在する程投機性の著しいものであるから、精糖先物取引の委任者適格はかなり厳しい制限を受けるべきであり、この適格を有しない者の勧誘は、それ自体違法というべきである。

のみならず、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項(昭和四八年四月に行政当局の要請を受け、全国の商品取引所が商品取引員に対して禁止すべき行為として掲げた指示事項のこと。以下「指示事項」という。)によれば、「恩給・年金・退職金・保険金等により主として生計を維持する者」の勧誘は禁止されている。

原告は、長年にわたり国鉄に勧誘し、過去に株の取引はもとより、国債に投資したこともなく、投機行為を実施する知識も能力もなく、国鉄退職後は、民間企業に就職しているものの、その退職も間近で、本件商品取引に注ぎ込んだ資金は、退職金を蓄財したもので、本来老後の生活に資するためのものであり、投機のための余剰資金とはいえない金員である。

しかるに、被告は原告が委託不適格者であるにもかかわらず、本件先物契約を締結したものであつて、これは公序良俗に反する違法な行為というべきである。

(2) 法定書面の交付及び説明義務違反

登録外務員は、受託に際して、相手方に対し、予め売買取引の受託の条件その他の主務省令で定める事項(商品取引所法施行規則〔以下「施行規則」という。〕七条の二)を記載した書面を交付し、その内容を説明しなければならない(商品取引所法〔以下「商取法」という。〕九一条の二第三項)。この書面交付義務が法定された理由は、委託者が商品先物取引に必要な基礎知識を充分に吸収消化したうえで、商品取引に参加することが、商品市場の健全性を維持するうえで欠くことのできない基本条件であるからである。従つて、交付とは、物理的に相手方に手渡すだけでなく、投機行為の本質を充分に理解させる懇切な書面の内容の説明を要する。

しかるに、外務員小野は、原告との間で、昭和五七年一月二二日契約締結に至るまでの間数回の電話と二回にわたる自宅訪問をして長時間の勧誘行為を実施していながら、受託契約準則・商品取引委託のしおりを交付したのは、契約締結と同時であつたうえ、右書面交付後も、右書面の内容は、これまで口頭で説明したとおりのことが書いてある旨いつたのみで、交付後の書面内容の説明を一切していない。被告の本件における書面交付は、単なる辻褄合わせにすぎず、交付に先行する外務員小野の説明は、書面の内容の重要部分の欠落した極めて杜撰なものであつた。

以上の書面交付及び説明義務違反は、商取法九一条の二第三項、施行規則七条の二に違反する違法な行為である。

(3) 断定的判断の提供

商品取引契約の勧誘時の断定的判断の提供は、商取法九四条一号、関門商品取引所定款(以下「定款」という。)によつて禁止されているところであつて、商品取引によつて「利益を生ずることが確実」と委託者に信じ込ませることとなり、商品取引の投機的本質を誤認させ、正常な営業行為といえないばかりか、素人相手の詐欺行為であると言つても過言でない。

しかるに、被告外務員小野は、原告を勧誘するに際して「一月からは砂糖の需要期に入り、特に節句辺りになると絶対に値上がりする」などと断定的な判断を提供して契約締結に成功しているのであつて、全くの違法行為というべきである。

(4) 投機性の説明懈怠

商品先物取引は、本質的に将来への見通しを柱とした投機行為(偶然の利益を狙う行為)であり、ことさらに投機性を隠蔽することは、むしろ、詐欺的である。そこで、指示事項によれば、「投機要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような勧誘をおこなうこと」を禁止している。

しかるに、被告の外務員小野は、原告に対して「株取引に比べたら、砂糖の先物取引が安全である。」旨説明し、勧誘している。しかし、砂糖の先物取引が、株取引よりも安全であるということは、非常識な虚構の事実であり、原告をして投機要素の少ない取引である旨誤信せしめること甚だしいというべきである。

右勧誘は、指示事項に違反し、ひいては定款で禁止された行為を行つたものであり、違法性の強い行為である。

(5) 追証拠金の説明懈怠

追証制度は、単に取引の担保の増強だけでなく、委託者にとつて取引を継続するか、あるいは一応建玉を手仕舞いして再度機会を待つかの判断を為すべき重要な警報的意味を持つ。従つて、勧誘にあたつてその義務を欠かしてはならない。この説明義務は、指示事項及び定款にも記載されている。

しかるに、被告の外務員小野は、原告に対して、その勧誘に際し、追証の説明を一切していない。原告が追証という言葉を初めて知つたのは、多額の仮損が出てからであり、第一回の両建玉をする直前である。

右追証の説明懈怠は、故意的になされたものであつて、投機行為である商品先物取引委託勧誘においては、基本的な説明義務違反である。

(6) 一任売買

受託契約準則三条は、商品取引員に対して、委託者から受託する際、取引条件について、その都度明確な指示を受けることを厳守させる趣旨であるところ、これに反して、商品取引員側に取引を全面的に任せることは、紛議のもとになり易いし、自らの知識と責任において商品取引に参加するものでなけれは、公正な市場価格の形成に寄与することができず、不測の損害を被ることになり、その者にとつては商品取引が単なる賭博となる。逆にいうと、一任売買をせざるをえない者は、商品取引に参加する資格はなく、他方商品取引員側においても、このような者を勧誘すべきではないのである。

しかるに、本件における原告は、商品取引を自らの知識と経験とその責任に基づき施行することのできない者であつた。従つて、原告は、外務員小野を全面的に信頼し、一任して売買をせざるを得なかつたのである。

そして、このような一任売買は、商取法九四条三号に違反し、また定款にも違反する違法な行為である。

(7) 過当な売買取引の要求

取引の継続を望むあまり、度の過ぎた受託勧誘を実施することは、商品取引関係における信義則に抵触する。指示事項は、右のごとき所為を制限するために「既に発生した損失を確実に取り戻すことを強調して、執拗に取引を勧めること」を禁止した。

しかるに、外務員小野は、昭和五七年二月二〇日ころ、原告から両建処理に必要な本証拠金一八〇万円を出させるため、原告が、取引を終了させるとの意向を示しているにもかかわらず、既に発生した損失を確実に取り戻す旨強調して、執拗に両建を勧め、さらに、同年四月一五日ころ、当時相当の仮損勧定になつていたにもかかわらず、「あと二〇〇万円出せば絶対に仮損を取り戻せる。」などと強調して、執拗に勧誘し、二〇〇万円を交付させている。

右外務員小野の行為は、指示事項に明らかに違反し、違法な行為である。

(8) 両建玉

両建は、その後相場がどう変わろうと、売り買いのいずれかが利益となり、反対玉が同額だけ損勘定となるので、差引損益に変化はなく、実質的には、手仕舞つたのと同様の効果となる。これは、委託者の損勘定に対する感覚を誤らせる恐れが強く、指示事項で禁止されている行為である。

被告の原告に対して行つた両建処理は、極めて悪質なものである。すなわち、被告は、昭和五七年一月二五日に、建てた当初の買玉三〇枚を同年三月二九日まで放置し(その間二回の両建処理を実施している。)、二五一万一〇〇〇円の損害を出しているが、これこそ因果玉の放置(引かれ玉〔損勘定となつている建玉〕を手仕舞わせずに、反対建玉〔両建〕を行い、その後の相場変動により、利の乗つた建玉のみを仕切り、短日時の間に反対建玉〔両建〕を行つているもの。悪質な両建処理として禁止されている。)の典型例である。

これら被告の所為は、指示事項及び定款に違反する悪質な違法行為というべきである。

(9) 追証拠金徴収義務違反

商取法九七条一項は、商品取引員は、委託証拠金を徴しなければならない旨規定しているところ、この委託証拠金には本証拠金のみでなく、追証拠金(追証)をも含むと解すべきである。追証制度は、単に取引の担保の増強だけでなく、委託者にとつて取引を継続するか、あるいは一応建玉を手仕舞いして再度機会を待つかの判断をなすべき重要な警報的な意味を持つ。

しかるに、被告は、本件取引において両建処理をした際、新たに建玉した反対建玉の本証拠金を徴収したのみで、既存建玉の追証拠金の徴収義務を履行していない。すなわち、例えば、昭和五七年二月二二日の段階において、原告には既存建玉(一月二五日買玉三〇枚)に一〇八万円の追証がかかり、被告は、これを徴収しなければならなかつたにもかかわらず、反対建玉(二月二二日売玉三〇枚)を建てさせて両建として、反対建玉三〇枚の本証拠金一八〇万円を徴収したのみであつた。

一見すれば、委託者にとつて追証の徴収を免れることは、都合の良いことと考えられがちであるが、商品先物取引という極めて危険な取引において、少額の証拠金で多額の取引が可能になることは、委託者にとつて墓穴を堀る結果となりかねない。そこで、商取法九七条一項は、商品取引員に証拠金徴収義務を厳格に定めているのである。

これに対して、被告は、証拠金の徴収について「プール式計算方式」が許されているから、両建処理の際には、既存建玉の追証拠金の徴収をする必要がない旨反論する。しかし、右プール計算方式に従えば、より少額の証拠金でより多額の取引を許す結果となり、追証拠金の委託者保護機能(警報的機能)を無視することとなるのは明らかである。しかも、両建にすることは、既存建玉を手仕舞つたのと同じ効果になるにすぎないことを考えると、委託者にとつては不必要な反対建玉の本証拠金の負担を強いられるだけにすぎないこととなるのである。

(10) 砂糖の価格安定等に関する法律(以下「糖価安定法」という。)に関する虚偽事実による勧誘

原告は、被告の外務員小野から「砂糖の取引には糖価安定法が存在し、上限価格・下限価格が定められ、上限価格より値が上がることもなければ、下限価格より値が下がることもない」旨説明され、受託の勧誘を受けている。

しかし、糖価について糖価安定法により、国内糖価の安定を図るために調整金の徴収及び払い戻しが実施され、糖価の安定が図られるのは受け渡し月(当限月)における調整であり、それまでの期間はその安定帯内だけで価格が上下するということは保障されないのである。

従つて、右小野の説明内容は、虚偽の事実を申し向け、原告を錯誤に陥れたものであり、違法である。

(11) 無断売買

本件において、被告は、昭和五七年三月二日売玉を無断で手仕舞いし、事後報告ですませ、更に、同月三日の売建玉(二回目の両建)については原告には全く知らされておらず、原告は、取引が終了した後に知つた位である。

被告は、このように無断売買を利用して両建を繰り返すという手数料稼ぎを行い、商取法九四条四号、施行規則七条の三第三号に違反する違法な行為をしている。

(12) 新規委託者保護義務の懈怠

新規委託者保護管理協定(昭和五三年三月二九日、全国の商品取引員大会で成立した協定)は、各商品取引員は新規委託者保護管理規則という社内規則を設け、①新規に取引を開始した委託者に三か月の保護育成期間を設ける、②新規委託者からの売買取引の受託にあたつては、原則として、建玉枚数が二〇枚を越えないこと、③新規委託者から二〇枚を越える建玉の要請があつた場合には、売買枚数の管理基準に従つて、適格を審査し、過大にならないよう適正な数量の売買取引を行なわせることとする旨の規則を作成する義務がある。

しかるに、保護育成期間である三か月は、新規委託者から二〇枚以上の建玉を受託してはならないにもかかわらず、被告は、同時期六〇枚(売・買合計六〇枚)の建玉をなしている。また、被告の外務員小野自身被告に右管理規則が制定されているかどうかを知らないのであつて、被告は、新規委託者の保護義務を全く実施しておらず、新規委託者保護管理規則が被告社内に存在するかどうかも疑わしい。

従つて、被告の所為は、違法な行為というべきである。

(13) 被告は、以上の取締法規等を、原告に対して組織体としての企業活動においてなしたものであつて、民法七〇九条の不法行為責任を負うというべきである。

仮にそうでないとしても、小野及び川崎らは、被告の従業員であり、同人らは、被告の事業の執行について原告に損害を被らせたものであるから、民法七一五条により、被告は原告に対して、その生じた損害を使用者として賠償する責任を負うというべきである。

4  原告は、前記のとおり、証拠金名下に合計五六〇万円を被告に交付したことにより、又は同額を預託して精糖の先物取引をなした結果、右金額相当額の損害を被つた。

5  よつて、原告は、被告に対し、本件不法行為による損害賠償請求として金五六〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五八年七月一六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)の事実は不知。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)(1)の事実中、小野及び川崎が原告方に電話にて、あるいは原告宅を訪問したうえ、関門商品取引所における商品先物取引を勧誘したこと、被告が原告より昭和五七年一月二五日関門精糖三〇枚分の証拠金として一八〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

同3(一)(2)の事実中、昭和五七年二月一九日ころ、小野が原告宅を訪問したこと、被告が原告より同月二二日関門精糖三〇枚分の証拠金として一八〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

なお、小野は、原告方を訪問した際、原告に対し「現在精糖の値が下がつている。証拠金の二分の一の損害が出たら追加証拠金を出さなければならなくなる。」と説明したうえ、現在のままでは大損になるから、①追証を入金して取引を継続させるか、②追証を入金せず決済するか、③両建玉をすることにより損害の拡大を防ぎ価格の値動きが一方向に安定するのを待つか、の三つの選択の余地があることを図に書いて説明した。

また、小野は原告に対し、「いずれ糖価安定法で定められた糖価安定価格帯に糖価が引き寄せられ、結局価格が落ち着くだろう。」との相場観を説明したことはあるが、同法があるから糖価が同法所定の下限価格以下に絶対下がりませんといつた事実はない。

同3(一)(3)の事実中、昭和五七年四月一六日ころ、被告が原告に二〇〇万円を交付させた事実は認めるが、その余は否認する。なお、小野は、同月一五日ころ、原告宅を訪問して、面談したものである。

同3(一)(4)(5)は争う。

同3(二)(1)は争う。

なお、原告は、本件商品取引を始めた昭和五七年一月ころは、年齢五六歳の元国鉄職員で、退職時は、長崎機関区の助役であり、学歴は、旧制の実業高校中退(現在の高等専門学校ないし大学に該当する。)である。原告が商品取引を始めた当時の年齢、職歴を考慮すれば、原告は、自らの意思と判断に基づいて本件先物契約を締結したものというべきである。

同3(二)(2)の事実中、昭和五七年一月二二日、本件先物契約締結の際、小野が原告に対し「商品取引委託のしおり」及び「受託契約準則」と題する書面を交付したことは認めるが、その余は否認する。

小野及び川崎は、右書面交付の際、あるいは本件先物契約の締結に先立ち、商品先物取引の仕組みと内容について十分説明した。

同3(二)(3)の事実は否認する。

仮に、被告従業員が原告に対し、断定的判断を提供していたとしても、それは右従業員らの相場観に伴う評価的意見の陳述にすぎず、違法性を有しない。

そもそも、断定的判断の提供自体は、商取法に違反するが、同法は単なる取締法にすぎないのであつて、これをもつて直ちに違法視することはできない。

同3(二)(4)の各事実は否認する。

なお、小野は、原告に対し、株式取引と商品先物取引を比較しながら、「株式取引は、数百の銘柄の中から優良銘柄を選定するのは難しいうえ、取引代金は全額の投資を要する。しかし、商品先物取引は一部の担保金で多額の取引が可能である。」旨説明したことはあるが、「株は難しくて儲かるかどうかわかりませんが、砂糖は必ず儲かる。」などと説明したことはない。

また、小野は、右の担保金が委託証拠金であること、呼値、売買単位等について、前記「商品取引委託のしおり」を示しながら説明し、また、一銭ないし一円の値動きについて説明し、商品先物取引が利益の大きい反面、損失も大きいことを十分説明している。

同3(二)(5)(6)の各事実は否認する。

同3(二)(7)の事実中、小野が原告から、二〇〇万円の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

同3(二)(8)の事実中、本件関門精糖の売買状況については認めるが、その余は否認する。

両建は、商品先物取引において、追証を出さなければいけない程度に値動きをして損を生じた場合に、一時的に損失の拡大を防ぎ損害を固定させる機能を有しているのであり、本件の両建も原告のためになしたものであつて、強行法規若しくは公序良俗に反する行為でない。

同3(二)(9)の事実は否認する。

同3(二)(10)の事実は否認する。

小野は、説明の際、糖価安定法により、値下がりしても、先行きいずれは安定価格帯で安定する見込みである旨を語つたにすぎない。

同3(二)(11)(12)の各事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  同5は争う。

6  商取法九四条の各条項は、商品先物取引の委託者である顧客の正常な判断又は適正な取引を妨げる行為を禁止するものであるが、原告は被告の従業員の行為によつて正常な判断を誤つたとか、適正な取引が妨げられたという事実はない。すなわち、被告従業員の小野及び川崎は、原告に対し、関門商品取引所における精糖に関する商品先物取引を勧誘するに際し、先物取引のしくみ、取引内容、その投機性、右従業員らの相場観を十分に説明した。

また、本件先物契約締結後も、被告は原告に対し、逐一買付及び売付について報告したのであるから、原告は報告に異論があればその都度異議の申立をなせばよかつたのであり、利益が出ればそれを享受し、損害が出れば取引の違法性を主張するがごときは身勝手も甚だしく、法の保護に値しない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被告が昭和五二年六月二〇日に設立された関門商品取引所における商品先物取引仲介業等を行う株式会社であること、被告営業担当社員の小野及び同川崎が、原告方に電話で、あるいは原告宅を訪問したうえ、関門商品取引所における商品先物取引を勧誘したこと、そして原告が、昭和五七年一月二二日被告との間で本件先物取引委託契約を締結し、被告に対し関門精糖三〇枚分の証拠金として同月二五日一八〇万円を預託したこと、同年二月一九日ころ、小野が原告宅を訪問したこと、そして原告は被告に対して同年二月二二日同証拠金として一八〇万円を預託したこと、さらに原告は被告に対し同年四月一六日同証拠金として二〇〇万円を預託したこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

二前記争いのない各事実に〈証拠〉を総合すると以下の事実が認められる。すなわち、

1  原告は、大正一四年七月に生まれ、昭和一四年一二月に旧制の実業高校を中退し、昭和一五年ころから日本国有鉄道長崎機関区に勤務し、主に乗務員系統及び検査系統の職種を経験し、昭和四四年から管理職の職種になり、同五六年四月一日に長崎機関区の助役を最後に定年退職し、その後、鉄道産業株式会社という国鉄関連の民間企業に就職し、一か月約一〇万円の給与を得ていたほか、財産として退職金の残余約一六〇〇万円及び居宅の土地建物を有していたもので、これまでに商品先物取引はもとより、株式投資ないし国債の投資の経験も全くなかつた。

被告は、関門商品取引所における商品先物取引仲介業等を行う株式会社であつて、国内商品とりわけ精糖を取り扱つており、被告の営業担当従業員は、一般固定給と委託者(顧客)の建玉枚数に応じた歩合給が支給される給与体系になつている。

2  被告営業担当の川崎浩は、被告会社にあつた国鉄退職者名簿を参照し、退職金等を預金していると思われる原告を商品先物取引に勧誘しようとして、昭和五七年一月一〇日ころ、原告宅に「実は砂糖を取引することによつて短期間に儲けられるようなことがありますが、どうですか。」という内容の電話をしてアポイントメントを取り付けたうえ、その四、五日後に、登録外務員(商品取引員の使用人であつて、委託の勧誘又は受託に直接たずさわる資格をもつた者で、取引員を裁判外で代理する権限を有する〔商取法九一条の二〕。)で被告の営業課代理の小野が右川崎と共に原告宅を訪問し、二時間近く玄関に座つて原告に対し、商品取引の仕組み、手数料(一枚〔九〇〇〇キログラム〕の建玉につき四三〇〇円、手仕舞いも同額。)及び損益計算(値動きによつて損益が発生すること)について説明するとともに、「一枚六万円の砂糖を買うことによつて、今までの状態から見て、一月以降は、春の行楽需要又は夏場の清涼飲料水の消費量の増大により値上がりするから、その差額を儲けることができる。」「三〇枚、一八〇万円の投資を大体一か月位すると四円位値上がりするから七〇万か八〇万円位の儲けになります。」「一月から需要期に入つて砂糖の使用が多くなるから値上がりする可能性が強い。」「株はいろいろな銘柄があつて、その中から儲かりそうな株を選ぶのは専門的な知識が必要で難しいし、投資金もその代金全てが必要であるが、商品取引は銘柄は一つで、証拠金だけででき、総約定代金と比べるとわずかな金額で取引ができるから、砂糖の方に投資しないか。」等と申し向け、精糖の先物取引を勧誘した。原告はこのような勧誘を受けるのは初めてのことであり、応じる気持はなかつたが、「しばらく検討してみる。」旨返答した。

さらに、その三、四日後、小野が原告宅を訪問し、茶の間で原告に、一月から五月までは砂糖が値上がりをしているようなグラフを示して、砂糖の値上がりを強調した。

それから二、三日後に、小野から勤務先にいる原告に「現在ちょうど砂糖が値上がりしているから、時期的には、今が一番いい。」という電話があり、原告は、上司から「妙なものにはひつかからないように。」との忠告も受けていたので、当初は断つていたが、電話が三〇分近くに及び、職場の他の従業員への気がねから、早く話を切り上げたいと思い、小野に対し「一〇枚ほどで試しにやつてみよう。」と返答した。

3  そこで、小野は、昭和五七年一月二二日に原告宅を訪ね、原告に受託契約準則(乙第五号証はその雛形)と商品取引のしおり(乙第六号証はその雛形)を見せたが、「今まで話をした内容がこの中に書いてあるけど、専門語なんかでわかりにくいんじゃないか。」といつただけで、その中身について、例えば建玉について計算上の損勘定が委託証拠金の二分の一相当額に達した場合に必要となる追加の証拠金つまり追証等についての説明はしなかつた。そのうえで、小野は、「一〇枚位では儲けが少ないから、三〇枚位買わないと七〇万から八〇万円の利益がでない。」といつて、原告に対し三〇枚の取引を勧め、原告も小野の強調する砂糖の値上りも同人の相場観ないし見込であるとは思つたものの、同人の判断を信用し、建物増築費用の足しになる利益を得たいという考えもあつて、結局三〇枚にすることに決定した。そして、原告は、受託準則を遵守する旨の承諾書(乙第一号証、同第四号証)、受託準則二条一項についての通知書(同第二号証)及び商品取引委託のしおりの受領書(乙第三号証)に署名捺印したうえ、小野に右各書面を交付した。

そして原告は、同月二二日、小野に精糖三〇枚分の委託証拠金として一八〇万円を預託し(但し、被告に預託されたのは同月二五日付になる。)、小野は原告から買建玉の一任を受けたものとして、関門商品取引所において、昭和五七年一月二五日後場三節に精糖六月限のもの三〇枚を二二八円九〇銭で買つた(買建玉した)。

ところで、昭和五三年三月二九日、全国の商品取引員大会において新規委託者保護管理協定が成立し、各商品取引員は、この協定の趣旨に基づいて「新規委託者保護管理規定」という社内規則を設け、委託者の保護育成に勤めることとされたが、その内容は、新規に取引を開始した委託者に三か月の保護育成期間を定め、その間の売買取引の受託にあたつては、原則として建玉枚数が二〇枚を越えないこと、新規委託者から二〇枚を越える建玉の要請があつた場合には、売買枚数の管理基準に従つて審査し、過大とならないように適正な数量の売買取引を行わせることとする等というものであつた。しかし、小野は右協定の趣旨に反して保護育成期間中の原告に対し、前述のとおり三〇枚の建玉を勧誘してその委託を受け、後記のとおり、最高六〇枚の建玉をしたものであるが、被告において右建玉につき、管理基準に従つて適正に審査した形跡はない。

4  その後、精糖の価格は、一旦は値上がりしたものの、二月に入り値下がりし始め、原告は被告から一日おきくらいの間隔で値動きなどの報告を受け、自らも新聞の糖価欄を関心をもつて見ていて、これを承知していたが、いずれまた値上りするという小野の言を信じて心配はしていなかつた。しかし実際には、原告の建玉は、委託証拠金一八〇万円の二分の一の額を越える評価損を生じ、追証を入れて建玉を維持するか、自動的に手仕舞いさせられるかの選択に追られており、小野は、二月中旬ころ、原告宅に電話して「現在、一八〇万円を委託証拠金として入れているが、段々値上がりしてあとが少なくなつているので、このままだと欠損となつて追証を入れてもらわなければならない。損をしないようにするためには、今度は、逆のほうの売建玉を買つて両方に建てておけば、値段が下がつてもそちらのほうで損失を補充できる。」旨を伝え(原告は、この時に初めて追証という言葉を聞いた。)、予想外の事態に狼狽した原告の求めに応じて、同月二〇日ころに原告宅に来て、経過や追証、両建などについて説明したうえ、「両建にしておくと、大きな儲けは今のところ期待できないかもしれないけど、情勢によつては取り戻しがきくから。」といつて、原告を納得させ、原告から売建玉の委託証拠金として一八〇万円を受け取つた(但し、被告に預託されたのは同月二二日付になる。)。

小野は、原告からの建玉一任の趣旨で委託証拠金の追加があつたので、昭和五七年二月二二日前場二節に精糖六月限のもの三〇枚を二二四円九〇銭で売建玉して、前記一月二五日買建玉と両建にした。

5  なお、原告は、右取引の途中で、糖価安定法について小野から概略の説明を受け、糖価安定法の上限価格以上に値は上がらないし、下限価格(当時の下限価格は二二二円八七銭)以下には値は下がらないという理解をした。

しかし、糖価安定法によつて、価格が上限価格と下限価格の範囲内の安定価格帯におさまるように調整金で調整するのは当月限だけであり、当月限についても実際に調整金で調整されるのは、下旬の受け渡しの時期近くになつてからであるから、それまでは糖価が安定価格帯におさまる保障はなく、相当の価格の変動がありうるばかりでなく、事業糖価安定法とは別に制定され、メーカーごとにシエア(市場占有率)を固定して生産、販売させるいわば数量カルテルを目的とした砂糖売り戻し臨時特例法が昭和五七年三月末で期限切れとなつたため、業界の間では、実質的自由競争時代という声がひろまり、乱売競争が繰りひろげられ、精糖の市場価格は値下がりを続けていつた。

6  その後、小野は、精糖の値下がりが止り、値上がりに転ずると見込み、同年三月二日前場二節に売建玉を手仕舞いして(成立値段二二一円五〇銭)、両建を解消したが、相場はなおも値を下げ続けるので、翌日の同月三日前場一節に再び六月限のもの三〇枚を二二〇円五〇銭で売建玉をして、再び両建にした。

この間、三月二日に被告の従業員の山上某から、原告宅に「値上がりしそうだから売建玉の方を手仕舞いした。」と事後了解を求めてきたが、三月三日の再度の両建については、事後買受報告書が郵送されて来ただけで、事前には原告にはなんの連絡もなく建玉がなされた。

7  そして、小野は、同月二三日後場二節にこの売建玉を手仕舞い(成立値段二一九円二〇銭)して両建を解消し、同月二九日に、一月二五日に買建玉した六月限の三〇枚を手仕舞いし(成立値段二一九円六〇銭)、この取引によつて、二五一万一〇〇〇円の損害を生じた(但し、第一回目の両建によつて九一万八〇〇〇円の、第二回目の両建によつて三五万一〇〇〇円の利益を得ているから実質的損害はこの利益を差し引いた金額になる。)。

しかるに、小野は、同日後場一節に、七月限の精糖二六枚を二一九円七〇銭で売建玉し、同年四月七日後場二節に二一八円五〇銭で手仕舞いして、二八万〇八〇〇円の利益を得た。

さらに、小野は、同日後場二節に、九月限の精糖二七枚を二一八円一〇銭で買建玉したが、その後、精糖の価格が二〇〇円近くまで大幅に暴落し、後記のとおり、原告から二〇〇万円の委託証拠金を追加させたが、それでも委託証拠金の二分の一を越える評価損になつたため、同月一九日前場一節に内一七枚が手仕舞い(成立値段二〇三円三〇銭)になり、同日後場一節に残りの一〇枚が手仕舞い(成立値段二〇四円五〇銭)となつた。これにより、原告は合計三四八万八四〇〇円の損害を被つた。

8  その前の四月一五日ころ、小野から原告に「一六〇万円位の損が出ている。あと二〇〇万円投資してもらえば値動き次第で取り返せるが、入れなければ丸損になる。」という電話があり、原告は損失回復の望みが僅かでもあるのなら、それに賭けてみようと、同月一六日に二〇〇万円を小野に交付した(被告に預託されたのも同日付である。)その際、小野からその金員を買建に使用するといわれたが、具体的な売買については、小野に一任していた(実際には、四月七日の建玉の追証として使われている。)。

その後、原告は小野から「二〇〇万円の投資も元も子もないような状態になりました。」との連絡を受けた。そして、小野において「さらに二〇〇万円投資すれば何とかなる。」との話をしたが、原告は、その姉から「絶対に継続してはいかん。」といわれたため、取引を打ち切つた。

9  以上の商品先物取引の経過は別紙商品先物取引表〈省略〉のとおりであり、原告の右取引による収支は結局四四四万九六〇〇円の欠損となり、被告に対する手数料が合計一二二万九八〇〇円となるから、その取引上の損失の合計は五六七万九四〇〇円となる。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人小野公三及び同川崎浩の証言部分は前記各証拠に照らしてにわかに信用できないし、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三1  ところで、商品先物取引は、差金の授受によつて決済することのできるもの(先物取引)であり、取引時点で商品の現物及び売買代金の全額がなくとも売買できる点に特色があり、①少額な資金(委託証拠金)で多額の取引ができる(総代金の一割程度の資金で取引ができる)、②手続が簡素である、③値下がりの時でも投機の対象になる(売建玉を買つて、相場が下がつたら手仕舞いしたことにより、安く買つて高く売つたことになり、その差額が利得となる)、④短期間に清算することができる。⑤銘柄が少ないので、投機対象が選びやすい等の利点があるが、反面①差損が発生した場合、その損害は、極めて多額になり、しかも、それが極めて短期間のうちに生ずる場合がある、②価格要因が世界的事象にわたるため、商品の相場の予測が極めて困難である、③統計上、商品取引者の利得者は全体の三割程度で、残りの七割が損失者になつており、極めて危険な取引である。

右のような観点から商品取引に関与する一般大衆の不測の損害を防止するために、商品取引所法上、商品取引員ないしその使用人である登録外務員等に対し、顧客に対して予め売買取引の受託の条件その他の事項を記載した書面を交付し、その内容を説明しなければならず(九一条の二第三項)、利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘することを禁止し(九四条一号)、価格、数量その他の事項について顧客の指示を受けないで委託を受けることを禁止し(同条三号)、委託を受けたときは必ず担保としての委託保証金を徴収しなければならない(九七条一項)ことなどが定められ、被告の所属する関門商品取引所の定款においてもこれと同旨の定めがあり、また、昭和四八年四月に行政当局の要請を受けて全国の商品取引所が商品取引員に対して禁止すべき行為として指示した「商品取引員の受託業務に関する指示事項」においても、

(一)  面識のない不特定多数者に対する無差別の電話による勧誘、「主として恩給、年金、保険金等により生計を維持する者」などの委託不適格者や取引参加の意志がほとんどない者に対する勧誘を禁止し、

(二)  勧誘にあたり、「投資」等の言辞を用いて、投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような説明をし、委託証拠金とりわけ委託者にとつて取引を継続するか一応建玉を手仕舞いして再度機会を待つかの判断をなすべき重要な警告的意味を持つ委託追証拠金(追証)についての説明を省略することを禁止し、

(三)  受託後の取引継続にあたり、委託者に欠損を生じたことの自覚を鈍らせて損害を拡大させるおそれの強い両建玉(特に、欠損を生じた建玉を手仕舞いせずに両建を行い、その後の相場変動により利の乗つた建玉のみを仕切り、短日時の間に再度両建を行う、いわゆる「因果玉の放置」)の勧誘を禁止している。

また、昭和五三年三月二九日の全国商品取引員大会において成立した「新規委託者保護管理協定」は、各商品取引員に対し、新規に取引を開始した委託者につき三か月の保護育成期間を設定し、その間の受託建玉枚数は二〇枚を限度とし、これを超える建玉の要請があつたときは、委託者の適格を審査し、過大にならないよう適正な数量の売買取引を指導すべきことを内容とする社内規則を作成すべきことを定めている。

もとより、商品取引法の前記条項には罰則規定はなく、「指示事項」及び「協定」は業者の内部的取り決めであつてその違反が直ちに違法となるべき性質の規範ではない。しかし、これらの遵守事項は商品取引の勧誘ないし委託契約上の義務の履行における正常かつ適正な行為規範としての指針を示すものであり、その懈怠が著しい場合には、もつぱら商品取引手数料を詐取する目的の下に顧客を甘言をもつて取引に勧誘する詐欺行為と評価される場合もありうるし、そこまで行かなくても、商品先物取引上社会的に許容される限度を超え、相当性を欠いた取引方法として、行為者に対し取引行為によつて顧客に与えた損害の賠償を命ずるのを相当とするだけの違法性を帯有するに至る場合があるというべきである。

2  そこで、本件において被告の登録外務員小野及び川崎の原告に対する精糖先物取引委託契約の勧誘行為等について検討するに、

(一) 最初の委託契約締結に至るまでの状況については、前記二1ないし3で認定したとおりであり、川崎は当初原告に電話で商品取引委託契約を勧誘し、面会の約束を取り付けて小野とともに原告宅を訪問したのみで、以後は小野が原告と交渉して具体的な勧誘行為をしているので、川崎の行為の違法性は特に論ずる必要はないと認められるところ、

(1) 小野の勧誘行為が詐欺に該当するというためには、実際には精糖の先物取引が利益を上げることもあれば損失を被ることもある投機的性格の強い取引であるのに、原告が先物取引についてなんらの知識も有しないことに乗じて、金員を委託すれば必ず利益が得られる旨虚偽の事実を申し向けてこれを欺罔し、その旨誤信した原告をして委託証拠金名下に金員を交付させてこれを騙取することが要件となるところ、小野らは不十分ながら、取引により損失を生ずることもありうることは一応説明しており、原告も、一般の常識に従い、先物取引が投機的性質を有するものであつて、小野が先物取引の勧誘に用いた言辞もつまるところ小野の相場観ないし見込であると認識していたものと認められるから、委託証拠金名下に金員を詐取された旨の原告の主張は採用できない。

(2) しかし、小野は、国鉄退職者名簿で無差別に抽出した原告を勧誘するにあたり、原告が先物取引の実態や手順について全く知識及び経験を欠いた素人であり、かつ右勧誘を受けるまでは商品取引には全く関心を有しておらず、勧誘を受けた当初も容易にはこれに応じようとしなかつたのに、商品取引の有利性に原告の歓心をひきつけるため、先物取引の投機性や危険性については抽象的に触れるに止め、欠損が生じたときに必要になる追証などの重要な項目についての説明を省略して、単に小額の証拠金で取引が可能であり、短期間に大きな利益を得ることができることのみを主として強調する説明に終始したものであり、正しい理解を得られにくい口頭での説明を補うための契約準則や商品取引の説明文書を予め原告に交付してはおらず(契約締結時に初めて交付したが、熟読して十分に理解するよう勤めた形跡はない。)、また、小野が精糖価格の先行きについて原告に説明したところは、複雑な精糖価格の形成・騰落の実情からすると極めて皮相的かつ一面的であり、厳密さを欠いたものであるうえ、価格が上昇することが確実であるかのような言いかたをしており、門外漢である原告がその旨誤信して、被告と委託契約を締結すればほぼ確実に利益を得ることができるのではないかという誤つた期待を植え付けられてしまい、自ら先物取引及び精糖価格の今後の動向などについて研究理解した上で、冷静な判断によつて委託契約を締結し、商品先物取引の内容等を決定することができない状態に陥ることを避けるべき配慮をしておらず、その結果現に小野は原告から、建玉の時期や価額につき一任された内容で受託している。

なお、小野は、原告が勧誘を断り切れずに、当初は一〇枚という比較的少量の取引で試しに委託してみようという気持ちであつたのに、一〇枚では少な過ぎるとして前記の新規委託者保護管理協定の趣旨を無視して一挙に三〇枚の取引を委託させたものであり、右受託について被告において前記の新規委託者保護管理協定の趣旨に則つて原告の適格性等を審査してもいない(小野は被告に右協定に基づく管理規則があるかどうかさえ不確実な供述しかできない状態である。)。

(3)  結局、小野らは、もともと商品取引についてなんら知識と経験を持たなかつた原告に対し、本来であれば、商品取引の内容を理解させたうえで、その自主的で自由な判断により委託契約を締結するかしないかの選択を求めるべきであつたのに、右取引の投機性・危険性について十分に認識させることを怠り、かえつて右取引が安全確実で有利な利殖方法であるかのような印象を与えるといわざるをえない偏つた説明をし、しかも、委託契約の締結に消極的であつた原告に対して、精糖の価格の先行きにつき断定的と受けとれる言辞を用い、短期間に大きな利益を上げうる可能性が極めて高いかのような誤つた観念を抱かせ、強引に、かつ、初めてかような取引に手を出す未経験者としては過大といつて差し支えない数量の取引委託契約を締結させたものであり、これは、商品取引法の条項や商品取引員の内部的に取り決めた自粛事項のいくつかに明らかに抵触する行為であつて、社会的に許容された適正な勧誘の方法及び範囲を逸脱し、違法な行為と認めるのが相当である。

(二)  次に、二度目の委託証拠金交付の際の事情については、前記二4ないし6で認定したとおりであり、小野は原告に対し前述の買玉に対する反対玉である売玉を建てる両建を勧誘してその委託を受け、委託証拠金を収受したものであるが、

(1) いわゆる両建とは、商品取引相場の変動に関わりなく、建玉のいずれかが利益となる反面、他方がその分だけ損勘定となり、実質的にはその時点で手仕舞いをしたと同様の結果となるが、委託者にとつては、損勘定の認識を誤るおそれが強く、また反対玉分の委託手数料を新たに負担せねばならない反面、受託者にとつては、当該顧客との取引を継続して以後の増玉も期待でき、手数料収入を確保し得るなどの利点があることから、その勧誘は商品取引員ないしその登録外務員による手数料取得目的の委託者誤導につながりやすく、前述のとおり前記指示事項においても禁止された行為として特に掲記されている。

(2)  しかるに、小野は、商品取引の素人である原告から委託を受けた外務員としては、損失を生じたときは早めに手仕舞いをさせて損害の拡大を防止する方向へと指導するか、あるいは少なくとも両建処理の意義や得失について正確な説明を与えて原告にその趣旨を理解させたうえで、その自由な判断に任せるべきであつたのに、これを怠り、小野の見通しを信頼する余り予想だにしていなかつた損失の報告を受けて混乱している原告に対し、欠損を生じた建玉について追証を出すか両建処理をするかのいずれかしか方法がなく、かつ両建処理があたかも既に生じた損失を回復する有効な方法であるかの如く説明して、両建を積極的に勧誘し、原告をして小野の言うなりに、かつ前同様具体的な建玉の内容等については小野に一任する形で両建処理の委託をさせるに至つたものであつて、右行為は、原告が主張するような詐欺にはもとより該当しないが、社会的相当性を欠いた違法な所為であるといわざるをえない。

更に、小野が、両建を勧誘するに際して糖価安定法についての極めて不正確な説明を付与することによつて、結果として何も知識を有しない原告をしてこれ以上の損失はありえないという錯覚に陥らせた点も、右勧誘行為の相当性を損なわせるべき重要な要因というべきである。

(三) 最後に、三回目の委託証拠金交付の際の事情については、前記二7、8で認定したとおりであり、これは今まで認定した小野による違法な勧誘行為の延長線上の行為であつて、この証拠金交付に至る小野の行為についてのみの個別・具体的な違法事由の存否を検討するまでもなく違法性を肯認できるが、なお付け加えると、小野は原告に対し、この段階で手仕舞いしてしまえば今までの損失は確定するが、更に証拠金を積んで取引を継続すれば回復の可能性はある旨説明しており、これ自体虚偽ではないものの、これまで既に多大の損失を被つて動揺していた原告にとつては、その回復を望む余り、新たにつぎ込む証拠金さえも失う結果となる可能性について冷静に想定することができず、最悪の場合でも損失は拡大せず、うまく行けばこれを取り戻せるかのように錯覚しかねない不適切な説明であるといわざるをえず、前述のように素人の原告から一任されて取引していた小野としては、俗に「見切り千両」といわれる商品取引界の常識に従つて、これ以上の建玉を思い止まるよう原告を指導して然るべきであるのに、なおも証拠金の額まで指定して新たな建玉を勧めたことは、原告の損失の拡大の可能性を意に介さずに、損失を取り戻したいという藁をもつかむ気持ちを利用して、ただ手数料取得のみを目的として勧誘したと推認されてもやむをえないところであり、その違法性は明らかである。

(四)  以上のとおり、被告従業員小野の原告に対する商品取引委託契約の勧誘及び委託証拠金の収受等の一連の行為は不法行為を構成し、これが被告の事業の執行についてなされたものであることは前叙認定からして明らかであるから、被告は使用者として小野が右不法行為により原告に与えた損害を賠償すべき義務がある。

四原告の過失について

ところで、原告は、前認定のとおり、委託契約締結時に小野から受託契約準則及び「商品取引のしおり」と題する平易な文章で書かれた解説書面を交付されており、これを一読すれば商品取引の投機性や追証制度などについて一応の知識を得ることが可能であつたと認められるのに、契約締結に際してはもとよりその後も読みさえしなかつた旨供述しており、また、多額の証拠金を預託して取引に入ろうというのに、たかだか二、三回会つて話を聞いたに過ぎない小野の相場観ないし見通しにさしたる理由もなく過大な信頼を寄せ、他人任せの態度で利益を得ようと考えて取引を一任し、その後も慎重さを欠いて小野の言うままに証拠金を追加して交付したものであると認められ、原告のこのような態度が損害の発生及び拡大にかなりの原因を与えたということができるので、原告に生じた損害額のうち三割を原告自身の過失によるものとして相殺するのが相当と認められる。そうすると委託取引契約上の損害額五六七万九四〇〇円のうち、原告が被告に対し委託証拠金として現実に交付した五六〇万円が実際の損害額と認められるので、この三割である一六八万円を控除した三九二万円が原告の被告に対して請求しうる損害賠償額となる。

五よつて、原告の被告に対する本訴請求は、金三九二万円及びこれに対する弁済期後である昭和五八年七月一六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を(被告申立にかかる仮執行免脱の宣言は本件の場合不相当と認めてこれを付さないこととする。)各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松島茂敏 裁判官池谷 泉 裁判官小宮山茂樹)

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